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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)778号 判決

原告

日本住宅金融株式会社

右代表者

庭山慶一郎

右訴訟代理人

山田伸男

庭山正一郎

須藤修

川端基彦

被告

佐藤恭世

被告

高島英守

被告両名訴訟代理人

岡田久枝

主文

一、別紙物件目録記載の各不動産について、被告佐藤恭世と同高島英守間における別紙賃借権登記目録記載の各賃貸借契約はこれを解除する。

二、右第一項の判決が確定することを条件として、被告高島英守は原告に対し、別紙賃借権登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三、右第一項の判決が確定することを条件として、被告高島英守は被告佐藤恭世に対し、別紙物件目録記載の各不動産を明渡せ。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五五年七月一七日訴外倉品謙二(以下、訴外倉品という)に対し、金一四二〇万円を次の約定で貸し付けた。

(一) 利率 年10.56パーセント(年三六五日の日割計算)

(二) 弁済方法 昭和五五年九月一二日から昭和八〇年八月一二日まで毎月一二日限り元利金を均等分割した金六万七三四一円宛、さらに毎年二月と八月の各一二日限り金四〇万五八六〇円を増額返済する。

(三) 損害金 年14.6パーセント(年三六五日の日割計算)

(四) 特約 返済を遅延し、原告が督促しても次の返済期日までに損害金を含めて返済しなかつたときは、通知催告がなくとも直ちに期限の利益を失う。

2  訴外倉品は、右債務を担保するため、昭和五五年七月二四日原告に対し、その所有にかかる別紙物件目録記載の各不動産(以下、本件物件という)につき第一順位の抵当権を設定し、同日浦和地方法務局大宮出張所受付第二九〇〇号をもつて抵当権設定登記を了した。

3  訴外倉品は、返済を遅延し原告が昭和五六年一一月督促の手続をとつたにもかかわらず同年一二月にも支払をしなかつたため、同年一二月一三日をもつて、特約に基づき残債務全額について期限の利益を失つた。その結果、原告は訴外倉品に対し、昭和五八年七月末日現在、残元本金一四一一万三一二一円、利息金七二万七二八八円、損害金三五九万五〇一七円合計金一八四三万五四二六円の貸金債権を有している。

4  短期賃貸借

本件物件は、昭和五六年七月一四日付で訴外倉品から被告佐藤恭世に対し所有権移転登記がなされている。そして、原告の抵当権設定登記後に、被告高島英守は、被告佐藤恭世との間で、本件物件につき別紙賃借権登記目録記載の内容で賃貸借契約を締結したうえ引渡を受け、昭和五八年五月一一日付で同目録記載の賃借権設定仮登記を経由した。

5  原告は、本件物件につき、昭和五八年六月三日抵当権実行による競売の申立をなし現在競売手続進行中であるが、被告高島英守は、右競売による差押当時に何らの用益も占有もしていなかつたものである。

したがつて、本件短期賃借権は、占有を伴なわない短期賃借権として、あるいは用益意志ママのない短期賃借権として本来、民法三九五条の保護に値しない無効なものというべきである。

民法三九五条の保護に値しない詐害的な短期賃借権も排除されるべきであるから、同条但書の趣旨に則り、本件短期賃貸借は解除されるべきである。

6  仮に右主張が認められないとしても、本件短期賃貸借は、次のような事情で抵当権者である原告に損害をおよぼすものであるから、解除されるべきである。

(一) 本件短期賃借権がついていないとした場合の本件物件の価値は、およそ金二〇〇〇万円程度であり、原告内部の不動産鑑定士が鑑定した結果からも明らかである。右価額によつて原告の債権額を十分補うべきものであつた。

ところが、本件物件に本件短期賃借権が付着したことによつて本件物件の担保価値は、金一四〇〇万円ないし金一五〇〇万円程度に下落し、原告の元本債権すら下回ることとなつた。したがつて、本件短期賃借権は、その存在が「抵当不動産の代価を低廉ならしめ、為に抵当権をして完全に弁済を受くることを得ざらしむべき場合」(大判大正五年五月二二日民録二二輯一〇一六頁)に該当し、解除請求の対象となるべきものである。

(二) 本件短期賃貸借の契約条件は、賃料が土地建物ともに一平方メートル当り金五〇円であり、全体では一か月金一万〇二五四円であつて、二階建一戸車庫付きの物件(一階部分がリビングキッチン一三畳、和室六畳、二階部分が和室六畳、洋室六畳、四畳半)として極めて低額であること、金五〇〇万円という極めて高額な敷金が定められていること、譲渡転貸自由の特約がついていることなど、客観的な契約内容が賃貸人にとつて非常に不利で不合理なものとなつている。これにより、競落価格を低下せしめ、担保価値を不当に下げるものである。

(三) 加えて、本件短期賃貸借は、その主観的な目的をみても、次のような事情から原告の抵当権を詐害するために設定されたものである。すなわち、

(1) 被告佐藤恭世は、本件物件の第二順位の抵当権者である訴外林孝昌の実姉である。訴外林孝昌は、自己の債権の回収を計るべく原告に対し示談をもちかけてきており、原告が抵当権実行に及んだ場合には短期賃貸借を設定して価格を下げてやるとの言動をはいていたものであり、本件短期賃貸借は、実質的には訴外林の指示のもとに設定されたものと推測される。

(2) 本件短期賃貸借の登記がなされたのは昭和五八年五月一一日であり、原告が抵当権実行の通知を行なった直後である。

(3) 本件物件について、昭和五八年四月下旬に原告社員が調査した際には、被告佐藤恭世はもちろん、本件物件を現実に使用している者はなかつた。

競売による差押後である同年七月中旬になつても、本件物件の状況に変わりはなく、被告高島英守が居住している形跡はない。

(4) 本件短期賃貸借は土地と建物それぞれに設定され、しかもそれぞれの契約期間が三年あるいは五年とくいちがつている。正当な使用目的をもつて短期賃貸借設定が行なわれるなら、建物だけに設定するのが普通であるし、仮に土地に設定された場合にも、その期間は建物と同一にするはずである。

(5) 本件の短期賃貸借の契約内容が賃貸人にとつて非常に不利なものとなつている。

7  明渡請求

抵当権も、抵当物件の交換価値が侵害されるような事態が発生した場合には、その侵害に対して妨害排除請求をなすことができる。抵当権が実行され競売手続が進行される段階に至つた場合には、単に占有しているだけでも、明渡訴訟のリスク等の点から買受価格は低下してしまうのが通常であり、その意味で価値権を侵害することになるというべきである。

本件において、本件短期賃貸借が解除されたとしても、被告高島英守が占有を続ける限り、それは抵当物件たる本件物件の価値を侵害するものであるから、原告は被告高島に対し、抵当権に基づき所有者である被告佐藤恭世に対し本件物件を明渡すよう求める権利がある(同旨、名高金沢支部判昭和五三年一月三〇日判時八九五号)。

仮に、抵当権に基づく物権的請求権が認められないとしても、抵当物件所有者である被告佐藤恭世は、原告に対し本件物件を保存し維持すべき義務を負つている。他方、本件短期賃貸借が解除された場合には、被告佐藤は被告高島に対して所有権に基づく妨害排除請求権を有しているから、原告は、被告佐藤に代位して被告高島に対し本件物件の明渡を求める(同旨、東地判昭和五二年一〇月二八日判時八八六号)。

8  よつて、原告は被告らに対し、本件物件の抵当権者として民法三九五条但書に基づき別紙賃借権登記目録記載の賃貸借の解除を求め、被告高島に対し本件短期賃貸借の解除判決が確定したことを条件として抵当権に基づき右目録記載の仮登記の抹消登記手続を、さらに同被告に対し同様の条件のもとに抵当権または被告佐藤を代位して所有権に基づき本件物件を被告佐藤に明渡すことをそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実中、原告が本件物件につき昭和五八年六月三日抵当権実行による競売の申立をなし、現在本件物件につき競売手続進行中である点は認めるが、その余は否認ないし争う。

6  同6(一)の事実は否認する。

同6(二)の事実中、本件短期賃貸借の賃料が土地建物ともに一平方メートル当り金五〇円である点、譲渡転貸自由の特約が付いている点は認めるが、その余は否認する。

同6(三)の各事実は否認ないし争う。

7  同7の事実は否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求の原因1(金銭消費貸借)及び同3(貸金残債権の存在)について、〈証拠〉によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  請求の原因2(抵当権設定)及び同4(短期賃貸借)の各事実は当事者間に争いがない。

してみると、本件短期賃貸借は、民法三九五条所定の期間を超えないものであるから、原告の抵当権に一応対抗しうるものといえる。

二そこで次に、本件短期賃貸借が抵当権者である原告に損害を及ぼすものといいうるか否かについて検討する。

1  短期賃貸借は、法(民法三九五条)が、担保権と用益権との調和を図る趣旨で、先順位の抵当権に対抗し得るものとして特別に定めたものである。しかし現実には、短期賃貸借が存在する以上、それが詐害的か否かを問わず、不動産価格が多かれ少なかれ下落し抵当権者らに損害を及ぼすものであることは一般に経験則として是認されるところである。

右の前提に則り、短期賃貸借の解除請求が認められるための要件である、民法三九五条但書のいわゆる「賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホス」の意義について検討するに、対抗力ある短期賃貸借の存在によつて抵当不動産の代価が低廉となつた結果抵当債権の十分な弁済が受けられず、抵当権者が不当に害されることを意味するものと解すべきである。

そして、短期賃貸借が抵当権者を不当に害するものであるか否かの判断基準については、第一に、その賃貸借契約の内容が賃貸人にとつて著しく不利益あるいは不合理なものといえるかなど賃貸借契約の客観的側面と、第二に賃貸借締結の目的が真に物件を用益するためではなく、抵当権者を詐害する目的でなされたものか否かなどその主観的側面の両面から判断すべきものと解される。すなわち、前者については、たとえば、競落人が賃貸人の地位を引き継ぐ関係から競落価格が下落する要因として、賃料が不当に低額であるか、賃料全額が前払となつているか、敷金が不当に高額であるか、譲渡転貸自由の特約がなされているかなどの諸点を検討すべきである。後者については、賃貸借あるいはその登記が抵当権者の抵当権実行通知などに接着した時期になされているか、賃借権者またはその関係者らが抵当権者に交渉を求めたり、抵当権実行を不当に阻害する行動をとつていないかの点のほか、物件の用益状況、すなわち、物件を真に用益しているかあるいはおざなりな占有にすぎないかなどの間接事実も検討すべきである。

2  さて、本件短期賃貸借が抵当権者である原告を不当に害するものであるか否かについて、右観点にしたがい検討することとする。

請求の原因5の事実のうち、原告が本件物件につき昭和五八年六月三日抵当権実行による競売の申立をなし、現在本件物件につき競売手続が進行中であることは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  先ず、本件短期賃貸借の契約内容をみるに、賃料が土地建物ともに画一的に一か月一平方メートルあたり金五〇円と定められており(この点は争いがない)、全体では、土地について一か月金六一一四円、建物について車庫付二階建て建物(床面積合計82.8平方メートル、一階がリビングキッチン一三畳、和室六畳、二階が和室六畳、洋室六畳、四畳半)が一か月金四一四〇円であつて極めて低額であること、本件物件の価格が金二〇〇〇万円前後であるにもかかわらず、敷金が金五〇〇万円と著しく高額であること、さらに賃借人が賃貸人の承諾なしに自由に賃借権譲渡転貸ができる旨の特約がなされていること(この点も争いがない)が認められる。

(二)  次に、原告が抵当権実行をした経緯ないし本件短期賃借権が設定された経緯についてみるに、本件物件の前所有者である訴外倉品謙二は昭和五六年一二月二三日ころその所在が不明となつたこと、そこで原告は抵当権を実行しようとして昭和五七年二月二〇日ころ現所有名義人である被告佐藤恭世に対し抵当権実行の通知をなしたこと、すると本件物件の第二順位の抵当権者であり被告佐藤恭世の実弟である訴外林孝昌が、自己の債権の回収を計ろうとして原告に対し本件物件を任意売却したい旨を申し入れたこと、原告は右申し入れを受け入れ本件物件につき競売申立をすることを一旦留保したこと、しかし訴外林孝昌による任意売却の話は一向に進展しないばかりか、同訴外人は原告に対し売却代金の配分について次第に原告に不利な内容による示談をもちかけてきたこと、そこで約一年後である昭和五八年三月には遂に原告は競売申立することを決定したこと、原告は昭和五八年四月二六日ころ到達の内容証明郵便で再び所有者である被告佐藤恭世及び抵当権者である訴外林孝昌に対し抵当権実行の通知をなしたこと、右実行通知がなされた直後である昭和五八年五月一一日付で被告高島英守名義の本件短期賃借権設定の仮登記が経由されたこと、原告の競売申立に対し浦和地方裁判所は本件物件につき昭和五八年六月一三日、競売開始決定をなし、同年六月一五日付差押登記がなされたこと、なお本件短期賃貸借の設定契約及び仮登記について実際にこれらを主導的に行なつたのはすべて訴外林孝昌であつたことが認められる。

(三)  本件物件の用益状況についてみるに、抵当権実行にあたり昭和五八年四月下旬ころ原告社員が本件物件を調査した際、庭には雑草が生い繁り、電気メーター線がはずされるなど本件物件を現実に使用している者は誰もいなかつたこと、競売開始決定以後について、原告代理人が昭和五八年一〇月ころ及び昭和五九年一月本件物件に赴いた際、あるいは裁判所執行官が現況調査に赴いた際には、被告高島英守の表札が貼つてあつたものの、本件物件に居住したり用益したりした形跡はなかつたこと、被告高島英守自身は東京都内に住居を有し本件物件に居住したことはない旨を自認していることが認められる。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

3  以上の事実に照らすと、本件賃貸借の内容は賃貸人、引いては競落人にとって著しく不利益ないし不合理なものと認められること、原告による抵当権実行の経緯及び本件短期賃貸借の経緯をみると、第二順位の抵当権者である訴外林孝昌が本件契約及び登記に深く関与しその主導のもとにこれらがなされたものと認められ、右訴外人が自己の債権の回収を有利に計るためなしたものと推認されること、本件物件について賃借人高島英守の居住等の事実はなく、その占有状況はおざなりであつてむしろ対抗力のない賃借権に近いものであることが認められる。

右事実のもとにおいては、被告佐藤恭世と被告高島英守との前記賃貸借契約は、抵当権者である原告を不当に害するものとして、民法三九五条但書によりこれを解除するものが相当であると思料する。

よつて、右解除を求める原告の請求は理由がある。

三してみると、別紙賃借権登記目録記載の各登記は、原告の抵当権実行に事実上障害となるべきものと認められるから、抵当権に基づく物権的請求権として、原告が被告高島英守に対し本件物件について、右賃貸借解除の判決の確定を条件として、右各登記の抹消登記手続請求を求めることも理由がある。

また本件物件の明渡請求について、抵当権も、抵当物件の毀損、減価をもたらし担保価値を侵害させるような行為に対しては、その担保価値を維持するため抵当権に基づく物権的請求権の一態様として妨害排除をなすことができるものである。抵当権が実行され競売手続が進行している場合には、担保価値実現の必要性が具体化した段階であるから、より一層その侵害に対して担保価値の維持保全ができうるものと解される。本件において、短期賃貸借が解除されたとしても、被告高島英守の占有が存在する限り抵当物件の価値を侵害するものであるから、原告は被告高島に対し、抵当権に基づき、本件物件について右賃貸借解除の判決の確定を条件として、所有者である被告佐藤恭世に明渡を求めることができ、原告の明渡請求についても理由がある。

四よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(永田誠一)

物件目録

一、所在 大宮市大字小深作字程島

地番 七壱番参

地目 宅地

地積 58.89平方メートル

二、所在 大宮市大字小深作字程島

地番 七弐番四

地目 宅地

地積 63.39平方メートル

三、所在 大宮市大字小深作字程島七壱番地参、七弐番地四

家屋番号 七壱番参

種類 居宅

構造 木造スレート葺二階建

床面積 壱階46.37平方メートル

弐階36.43平方メートル

賃借権登記目録

一、物件目録一記載の土地についての浦和地方法務局大宮支局昭和五八年五月壱壱日受付第壱五弐参弐号賃借権設定仮登記

原因 昭和五八年四月壱日設定

借賃 壱か月壱平方メートル金五拾円

支払期 毎月末日

存続期間 満五年

特約 譲渡転貸ができる

権利者 高島英守

二、物件目録二記載の土地についての同局同支局昭和五八年五月壱壱日受付第壱五弐参弐号賃借権設定仮登記内容は一に同じ

三、物件目録三記載の建物についての同局同支局昭和五八年五月壱壱日受付第壱五弐参参号賃借権設定仮登記存続期間 満参年

その余の内容は一に同じ

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